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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)43号 判決

千葉県茂原市下永吉497番地

原告

吉田桂一郎

訴訟代理人弁理士

鈴木正次

東京都中央区築地3丁目5番4号

被告

日鐵溶接工業株式会社

代表者代表取締役

木村達也

訴訟代理人弁護士

吉井参也

同弁理士

田中久喬

主文

特許庁が、平成6年審判第1839号事件について、平成7年1月11日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「フラックス入りワイヤの製造方法」とする特許第1800299号発明(昭和56年11月17日出願、平成元年6月13日出願公告、平成5年11月12日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成6年1月25日、被告を被請求人として、上記特許につき無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成6年審判第1839号として審理したうえ、平成7年1月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年2月8日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

鋼帯を成形し、内部に20~40%重量比のフラックスを充填した成形ワイヤ素線を材料にし、さらにこれを細径に伸線加工するフラックス入りワイヤの製造方法において、前記ワイヤ素線を、一対の小径溝付ローラからなるローラダイスを複数個伸線方向に交互にワイヤ圧下方向が90°ずつ変わる如く近接し組合せて一個のユニットに構成したカセットローラダイスを用いて伸線すると共に、該カセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置して線材を連続的に通過させ、ワイヤ径2.0~0.8mmの所望径にかつワイヤの合せ目間隙30μm以下になるまで伸線加工することを特徴とするフラックス入りワイヤの製造方法。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、原告が証拠方法として提出した特開昭54-86446号公報(審決甲第2号証、本訴甲第5号証、以下「引用例1」という。)、特開昭54-38243号公報(審決甲第3号証、本訴甲第6号証、以下「引用例2」という。)、特開昭55-122623号公報(審決甲第4号証、本訴甲第3号証の1、以下「引用例3」という。)、実開昭55-129506号公報(審決甲第5号証-1、本訴甲第4号証の1、以下「引用例4」という。実公昭58-18968号公報・審決甲第5号証-2、本訴甲第4号証の2は、その公告公報である。)、特開昭55-158897号公報(審決甲第6号証、本訴甲第7号証、以下「引用例5」という。)に記載された発明又は考案に基づいて、本件発明が当業者が容易に発明することができたものとすることはできないとし、また、「カセットローラーダイス」の納入証明書(審決甲第7号証、本訴甲第8号証、以下「本件納入証明書」という。)及び「カセットローラーダイス」の販売証明書(審決甲第8号証、本訴甲第9号証、以下「本件販売証明書」という。)によっても、本件発明がその特許出願前に国内において公然実施をされた発明ということはできないから、その特許を無効とすることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件発明の要旨の認定、引用例1~5に記載された発明又は考案と本件発明との各一致点の認定は認めるが、各引用例には、「いずれにも本件特許発明の構成要件であるカセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置して、20~40%重量比のフラックスを充填した成形ワイヤ素線を材料とし、その合せ目間隙30μm以下になるまで伸線加工する点については、記載がなく、示唆するところもない」(審決書8頁6~12行)との認定及び容易推考性に関する判断並びに公然実施についての認定は争う。

審決は、各引用例記載の技術内容の解釈を誤った結果、容易推考性に関する判断を誤り(取消事由1)、また公然実施についての認定を誤って(取消事由2)、本件発明に係る特許を無効とすることはできないとの結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(各引用例記載の技術内容の解釈の誤り、容易推考性に関する判断の誤り)

(1)  件発明の「カセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置し」との構成について

本件発明の要旨には、「カセットローラダイスのユニット」につき、「一対の小径溝付ローラからなるローラダイスを複数個伸線方向に交互にワイヤ圧下方向が90°ずつ変わる如く近接し組合せて一個のユニットに構成したカセットローラダイス」と規定されている。

ここでいう「ユニット」とは、最小限2対のローラダイスを近接し組み合わせたものを意味する。なぜなら、2対のローラダイスを構成するそれぞれのローラの溝形を同一とし、これによって上下左右の加工を完了させるのが普通だからである。そうすると、4対以上の複数対のローラダイスを近接し組み合せた場合、その全体を1ユニットと解することもできるが、2対のローラダイスの組合せを1ユニットと考えれば、例えば、4対のローラダイスの組合せは2ユニットと解することもできる。

そして、本件発明は、「カセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置」することだけを要件とし、ユニット相互間の間隔とか、キャプスタン等他の装置をユニット間に介在させることなどを要件としていないのであるから、引用例3の第6図に記載された4対のローラダイスから成るブロックは、本件発明の1ユニットに相当すると解されるほか、これを2ユニットに相当すると解することもできるのである。

このように、カセットローラダイスのユニットを「2以上直列に配置」するとする点は、本件発明において新規に発明されたものではない。元来、カセットローラダイスは2組以上直列に配置して使用するものであり、そのまま直列に配置することができるように組み立てられているのである。カセットローラダイスは原告の考案にかかるものであるが、引用例3及び引用例4の各第6図に図示されているように、考案の当初から2組以上直列に配置していた。そして、カセットローラダイスの使用に際し、隣接するローラの圧下方向を90°ずつ変える如く近接して組み合せて1個のユニットに構成し、このユニットを2以上直列に配置して金属線を伸線加工することは、カセットローラダイスの最も通常の使用方法であり(甲第13号証2頁19~20行)、本件発明の出願当時、当業者に広く知られていた。すなわち、カセットローラダイスを独占的に製造販売する株式会社ヨシダキネン(平成2年2月1日の商号変更後の商号、変更前の旧商号は「株式会社第二吉田記念鉄工所」、以下、旧商号の当時も含めて、「ヨシダキネン」と略称する。)は、カセットローラダイスを開発販売し始めた昭和54年5月ころから、販売に際し、加工状態略図及び引抜き調整方法手順の説明書等を添えて買主であるユーザーに引き渡しており(甲第11、第12、第14号証)、ユーザーは、その略図に従ってカセットローラダイスをラインに組み立てれば、目的とする伸線加工ができるようになっていた(甲第13号証1頁18行~2頁2行)のである。

したがって、本件発明のカセットローラダイスの配置は、カセットローラダイスの本来の使用方法に従っただけのことである。

(2)  本件発明の「内部に20~40%重量比のフラックスを充填した成形ワイヤ素線を材料にし」との構成について

本件発明の出願当時、フラックス入りワイヤに充填するフラックスの割合を20~40%重量比とすることが通例であっことは、本件明細書(甲第2号証の1、2)に記載されているところであり(同号証の1第3欄16~25行)、後記2のとおり、フラックス入りワイヤの製造にカセットローラダイスを使用することも公知であった。

そして、本件発明の出願当時、フラックス入りワイヤ(溶接棒)の製造に孔ダイス又はローラダイスを複数個直列に配置することは周知の技術であった(引用例1、同2、同5)のであるから、本件発明は、孔ダイス又はローラダイスをカセットローラダイスに交換したものにすぎない。

(3)  本件発明の「ワイヤの合せ目間隙30μm以下になるまで伸線加工する」との構成について

この点については、各引用例に記載がなく、本件発明の要旨における唯一の新規な要件である。

しかし、伸線加工において、同一素材を使用した場合に、製品径が小さくなるほど合せ目間隙が小さくなることは当業者間でよく知られている事項である。

本件明細書には、「従来の引抜き加工で製作したフラツクス入りワイヤの合せ目間隙は最小45μ程度であつたが、本発明法によれば確実に30μ以下に抑えることができる」(甲第2号証の1第5欄末行~6欄3行)と記載されているが、本件発明において、合せ目間隙を30μm以下にするための唯一の条件は、カセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置することのみであり、それ以外に特別の技術を付加した点は見当たらない。したがって、「ワイヤの合せ目間隙30μm以下になるまで伸線加工する」との要件は、カセットローラダイスを使用し、従来公知の素線を2.0~0.8mmの径に加工した場合、合せ目間隙が30μm以下になったということにすぎない。

(4)  以上のとおり、本件発明は、引用例記載の各発明又は考案から当業者が容易に推考できるものである。

2  取消事由2(公然実施に対する誤認)

フラックス入りワイヤの製造にカセットローラダイスを使用することは、昭和54年8月以前から判明しており、ヨシダキネンは、同月、最初のフラックス入りワイヤ成形用カセットローラダイス4台を加工状態略図を添付したうえ日本油脂株式会社に販売納入し、その後、昭和55年8月27日に被告に加工状態略図を添付して3台納入したことを含め、本件発明の出願前である昭和56年9月26日までの間に、合計258台のフラックス入りワイヤ成形用カセットローラダイスの販売をした(本件納入証明書、本件販売証明書、甲第13号証1頁11行~2頁11行)。

このように、本件発明の出願当時においては、フラックス入りワイヤの製造にカセットローラダイスを使用することが知られ、かつ実施されており、また、上記のとおり、本件発明はカセットローラダイスをその普通の使用方法に従って使用したにすぎないから、結局、本件発明は、その特許出願前において公然実施されていたというべきである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  本件発明の課題等について

従来の細径フラックス入りワイヤの製造方法は、比較的太径の成形ワイヤを素材とし、これを孔ダイス(引抜きダイス)で引き抜き、伸線加工して製造していた。しかし、この方法による伸線加工では、細径になるほど、又フラックスの充填率が高くなるほど、伸線時の断線が増えて生産を著しく阻害しており、そのため、一般溶接用の細径のフラックス入りワイヤは、フラックスの充填率を20%以下として製造されている。ところが、溶接の自動化の進展等の理由により、溶接の分野によっては、フラックス充填率が20~40%にも及ぶような細径ワイヤの需要が徐々に増加する傾向にある。本件発明は、上記の伸線時の断線の問題を解決する方法を見出したことに基づくものである(甲第2号証の1第1欄22行~4欄4行)。

本件発明では、通常の孔ダイスによる伸線加工の加工作用とは異なる作用を有し、それまではフラックス入りワイヤの製造に使用されたことのないカセットローラダイスに着目し、これを採用したものである。これはカセットローラダイスが、孔ダイスのすべり摩擦に対してころがり摩擦となるため引抜力が小さくなり、伸線加工時にワイヤ素線に無理な力が作用しないこと、小径ローラで単位ローラダイス間の距離をローラの直径以下にすることができるため、線材の捩れが小さくなって、合せ目のある溶接用フラックス入りワイヤでは、捩れによる合せ目の開口を防止することができ、良好な伸線が行えることを見出したこと、また、カセットローラダイス2個以上から成るユニットを2以上直列に配置すれば、カセットローラダイス1個当たりの減面率を小さくでき、キャプスタンによる線引引張り力を大きくしなくとも十分引き抜くことができるので、断線のない円滑な伸線加工をすることができるとともに、多数のローラで僅かずつ段階的に線材径方向に圧力を付加し、減面することによって、外皮の合せ目間隙を30μm以下に押さえることができることを見出したことに基づくものである(同3欄40行~4欄4行、4欄42行~5欄3行、5欄30行~6欄3行)。

以上の知見に基づく本件発明の伸線方法によって、フラックス充填率20~40%のフラックス入りワイヤで、2.0~0.8mmの径のものであり、しかも合せ目間隙が30μm以下のものが製造可能となったのである(同5欄44行~6欄9行)。

なお、カセットローラダイスのユニットを2組以上直列に配置する構成は、本件発明が初めて採用した新規な方法である。

(2)  「カセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置し」との構成について

本件明細書(甲第2号証の1、2)の記載からして、単位カセットローラダイスを複数枚重ね合わせたもの(複数枚は2枚に限られるものではない。)が1ユニットであり、それは通常単位カセットローラダイスのボルト孔にボルトを通して一体的に固定し、1スタンドに搭載されるものである。

フラックス入りワイヤは、多数のローラ孔型で僅かずつ段階的に線材径方向に圧力を付加して減面を行うと断線が防止できるので、減面率に応じて1ユニットの単位カセットローラダイスの枚数を決定する。多数のローラ孔型で僅かずつ段階的に線材径方向に圧力を付加して減面を行うことにより、素線に加えられる線材径方向の圧力を小さくすることができ、合せ目間隙を小さくできることにもなる。

通常の場合、素線の外皮強度、減面率、フラックス充填率、充填フラックスの伸線時における変形の難易性等から断線限界を求め、目的とするワイヤ径及び合せ目間隙等を考慮して、ユニット数、1ユニットを構成する単位カセットローラダイスの枚数、配置するキャプスタンの引抜き力等を決定して、2以上のユニットを直列に配置するものである。各ユニット間に任意の間隔が存在することは、本件発明の明細書に「本発明は、カセットローラダイスのユニットを2以上列設して線材を通過させ」と記載され(甲第2号証の1第4欄5~13行)、ここでいう「列設」とは、ユニットを列に配置し、ユニット間に間隔を設けることを意味することからも明らかであるし、また、「線材を段階的に伸線している」と記載されている(同4欄28~29行)ことからも、明らかである。

引用例3には、単位ローラダイスを複数個設置する方法及び装置が記載され、単位ローラダイスをローラが直交しローラの軸間距離をローラ直径よりも小にして近接配置したローラダイスの「ブロック」の技術が示されているが、この「ブロック」は、本件発明にいうカセットローラダイスの「ユニット」と同じものである。したがって、引用例3には「ユニット」についての記載はあるが、「ユニット」を2以上直列に配置することについては記載されていないし、その示唆もない。

また、引用例3の発明は、単位カセットローラダイスをブロック化して1回の通過によって著しい断面減少率を上げることを技術の骨子とするものであるが、これは丸線材料(中心部まで均質な材料から成る中実線であって、中心にフラックスが充填されるフラックス入りワイヤとは異なる。)の引抜き加工だからこそ実施可能な方法であり、フラックス入りワイヤでは断線してしまって適用できないものである。これに対し、本件発明は、単位カセットローラダイスを幾つかのユニットに分散させて高充填率のフラックス入りワイヤに適用可能な技術を提供し、20~40%の高充填率のフラックス入りワイヤにおいて、2.0~0.8mmの間の所望の直径で合せ目間隙30μm以下になるまで伸線加工する製造方法を達成したものである。したがって、引用例3は単位カセットローラダイスの1つの使用方法を示したものであるが、本件発明はこれと異なる新しい使用方法を示したものであり、両者の方法は技術思想が異なるものであるから、引用例3が本件発明の技術的課題や構成要件を開示し、あるいは示唆したものとすることはできない。

引用例4についても、引用例3と同じことがいえる。

引用例1に示されたダイスは孔ダイスであってカセットローラダイスではない。

引用例2は、その図面第3図に示された工程のうちAないしDは、フラックス入り成形ワイヤの素線を成形するまでの工程であって、本件発明と関係を有するのはEの工程のみであるが、そこに示されたダイスは孔ダイスであってカセットローラダイスではない。

(3)  「内部に20~40%重量比のフラックスを充填した成形ワイヤ素線を材料にし」との構成について

本件発明の出願当時、フラックス入りワイヤに充填するフラックスの割合を20~40%重量比とすることが通例となっていたことは認める。その需要が増加したために、その製造方法として本件発明を被告が完成させたことは上記のとおりである。

また、本件発明の出願前に、フラックス入りワイヤの製造にカセットローラダイスが使用されたことはなかった。

(4)  「ワイヤの合せ目間隙30μm以下になるまで伸線加工する」との構成について

本件発明の出願前に、カセットローラダイスをブロック(ユニット)化して、各種金属の丸線(フラックス入りワイヤではない。)の伸線加工に用いた場合に直径約0.8mmのものが得られること(引用例3)は分っていたが、フラックス入りワイヤの伸線にカセットローラダイスを用いることは知られていなかったのであり、本件発明においては、それまでフラックス入りワイヤの製造に使用されたことのないカセットローラダイスを用い、しかも独創的な新規な配列に配置することによって、はじめて高充填率(20~40%)のフラックス入りワイヤについて、細径(2.0~0.8mm)でしかも合せ目間隙が30μmのものを製造することが可能となったのである。

2  取消事由2について

本件発明の出願前にフラックス入りワイヤの製造にカセットローラダイスが使用されたことはなかった。また、カセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置して伸線を行うことは、フラックス入りワイヤについてはもとより、各種金属の丸線についても、本件発明の出願前にはなかった。

吉田秀太郎の陳述書(甲第13号証)の記載は何ら根拠に基づかないものである。

第5  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(各引用例記載の技術内容の解釈の誤り、容易推考性に関する判断の誤り)について

(1)  フラックス入りワイヤの製造にカセットローラダイスを用いることについて

審決認定のとおり、引用例5(甲第7号証)に、「帯鋼をU字状にローラダイスで加工し、フラックスを供給し、ローラダイスで粗充填菅状体に加工し、更に連続して複数組のローラダイスによる伸線工程及び又は複数の引抜ダイスによる伸線工程により、最終仕上り径が1.2~1.6mmで、最終ワイヤ径におけるフラックス充填率が14.9~15.5%のフラックス入り溶接用ワイヤを製造する方法」(審決書6頁15行~7頁2行)が記載されていることは、当事者間に争いがない。

そうすると、本件発明の出願当時、内部にフラックスを充填した成形ワイヤ素線を材料にし、さらにこれを細径に伸線加工するフラックス入りワイヤの製造方法において、前記ワイヤ素線を、ローラダイスを用いて伸線すると共に、該ローラダイスを複数個組み合わせて直列に配置して線材を連続的に通過させて伸線加工することにより、本件発明におけるワイヤ径の範囲内のフラックス入りワイヤを製造する方法は、公知の技術であったことが明らかである。

他方、引用例3(甲第3号証の1)には、直径100mm~45mmの2個の小径孔型ローラを1対の軸受フレームにそれぞれ架設するとともに、1組の組立フレームに離接自在にセットして単位ローラダイスを構成し、該単位ローラダイスの複数個を隣接孔型ローラの軸が互いに直角となるように配置するとともに、重ね合わせた単位ローラダイスを一体的に固定し、隣接孔型ローラ間の中心距離を孔型ローラの直径以下とすることを目的とした複数のローラダイス装置、及び該ローラダイス装置を用いて丸線の直径を2mm~0.81mmにまで伸線加工する方法が記載され、これにより、機枠フレームの大型化を解消すること、引抜ローラダイスの複数台を順次通過させる場合に素材の転倒(捩れ)を防ぐために、隣接孔型ローラ間の中心距離を可及的に(架設する孔型ローラの直径以下に)近接させる必要があること等の従来のローラダイスに存した技術課題が解決できること、任意数の単位ローラダイスを近接して直列に設置し、全体を1ブロック化できるので1回の通過により著しい断面減少率を期待できることが記載されていることが認められる。

この引用例3の伸線加工の方法が、審決認定のとおり、「一対の小径溝付ローラからなるローラダイスを複数個伸線方向に交互にワイヤ圧下方向が90°ずつ変わる如く近接し組合せて一個のユニットに構成したカセットローラダイス即ち本件特許発明でいうカセットローラダイスを用いて、本件特許発明におけるワイヤ径の数値範囲である2.0~0.8mmの径に伸線加工する点で、・・・本件特許発明と一致している」(審決書7頁11行~8頁5行)ことは、当事者間に争いがない。

そして、引用例3に記載されている機枠フレームの大型化を解消し、あるいは複数個のローラダイスを連続的に通過させて伸線加工する際に、素材の転倒(捩れ)を防ぐために、隣接孔型ローラ間の中心距離を可及的に近接させる必要があるとの技術課題は、引用例3に直接言及されている丸線(中心部まで均質な材料から成る中実線)においてのみならず、同様の伸線加工をする内部にフラックスを充填した成形ワイヤ素線の伸線加工においても存在することは、当業者にとって自明のことと認められるから、引用例5に記載されている公知の技術におけるローラダイスを複数個組み合わせて直列に配置することに代えて、引用例3の技術を適用し、複数個のカセットローラダイスを直列に配置することは、当業者にとって容易に推考できることと認められる。

この点に関し、被告は、引用例3の発明は、単位カセットローラダイスをブロック化して1回の通過によって著しい断面減少率を上げることを技術の骨子とするものであるが、これは丸線材料の引抜き加工だからこそ実施可能な方法であり、フラックス入りワイヤでは断線してしまって適用できないものである旨主張する。しかし、引用例3の発明が解決しようとした技術課題及びその効果が断面減少率の上昇のみに止まらないことは上記説示のとおりであるのみならず、重ね合わせ一体的に固定してブロック化したカセットローラダイスを1回通過させることによって、素材にどの程度の断面減少を生じさせるかは、1組の組立フレームに離接自在にセットして単位ローラダイスを構成させる2個1対のローラの離接調節等を適宜に行うことによって加減しうるものであることは、前示引用例3の記載から明らかであるものというべきであるから、引用例3に、1回の通過により著しい断面減少率を期待できるという効果を有するとの記載があるからといって、上記容易推考性が直ちに否定されるものと解することはできない。

(2)  カセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置する点について

本件発明は、一対の小径溝付ローラからなるローラダイスを複数個伸線方向に交互にワイヤ圧下方向が90°ずつ変わる如く近接し組み合せて一個のユニットに構成したカセットローラダイス、すなわち、引用例3に示された公知のカセットローラダイスを用いるものであって、「該カセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置して線材を連続的に通過させ」ることを構成要件とするものであることは、前示本件発明の要旨の示すとおりである。

この点につき、本件明細書には、「本発明における1ユニット(1スタンド)の単位カセツトローラダイスの数は少くとも2個必要であり、またユニツト数も複数とすることが好ましく、これらの設置数は素材となる成形ワイヤ素線径と最終仕上線径を考慮して決めればよい。カセツトローラダイスは非常にコンパクトに構成し得るので比較的狭いスペースでも多数のローラ孔型が配置でき、従つて1個当りのローラ孔型の減面率を小さくすることができる。その結果キヤプスタンによる線引引張り力を大きくしなくとも充分引抜くことができ、断線のない円滑な伸線加工が行える」(甲第2号証の1第5欄30~41行)との記載があり、また、本件発明方法を実施する伸線設備の全体概念図である第2図に、フラックスを充填した成形ワイヤ素線を連続して通過させる計8ユニットのカセットローラダイスの各ユニット毎に、その後方(引抜側)にそれぞれキャプスタンを配置することが図示されていると認められる。

このことによれば、本件発明において、「カセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置して線材を連続的に通過させ」る構成を採用したのは、1個当たりのローラ孔型の減面率を大きくすると、キャプスタンによる線引引張り力を大きくしないと充分に引き抜くことができず、この引張り力が成形ワイヤ素線の引張り力に対する強度を超えることが断線の原因となることに鑑み、比較的狭いスペースでも多数のローラ孔型が配置できるカセットローラダイスの特徴を利用して、複数のカセットローラダイスのユニットを配置することによって、伸線工程を段階的に行い、1ユニット当たりの減面率を小とし、成形ワイヤ素線が断線することのないようにすることを目的としたものであることは明らかである。

このように、素材の強度その他の理由により伸線工程を段階的に行うことは、引用例1(甲第5号証)のフラックスワイヤの伸線工程においても採用されている技術であり(同号証2頁左上欄10~11行、2頁左下欄19行~右下欄2行、第5図)、それ自体、周知慣用の技術と認められ、これを採用することに格別の発明力を要したものと認めることはできない。

すなわち、本件発明において、「カセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置して線材を連続的に通過させ」る構成を採用することも、当業者において容易に想到することができる程度のものというべきである。

(3)  内部に20~40%重量比のフラックスを充填した成形ワイヤ素線を材料とした点について

本件発明の出願当時、フラックス入りワイヤに充填するフラックスの割合を20~40%重量比とすることが通例となっていたことは、当事者間に争いがない。そうすると、フラックスを充填した成形ワイヤ素線を伸線加工して、そのようなフラックス充填率の高いフラックス入りワイヤを製造することは、当業者に知られていたものと認められる。

(4)  ワイヤの合せ目間隙30μm以下になるまで伸線加工するとの点について

本件発明が、ワイヤの合せ目間隙30μm以下になるまで伸線加工することを特徴とするものとされていることは、前示本件発明の要旨のとおりである。

しかしながら、本件明細書(甲第2号証の1、2)には、ワイヤの合せ目間隙30μm以下とするための格別の技術事項の記載がなく、かえって、「本発明における1ユニット(1スタンド)の単位カセツトローラダイスの数は少くとも2個必要であり、またユニツト数も複数とすることが好ましく、これらの設置数は素材となる成形ワイヤ素線径と最終仕上線径を考慮して決めればよい。カセツトローラダイスは非常にコンパクトに構成し得るので比較的狭いスペースでも多数のローラ孔型が配置でき、従つて1個当りのローラ孔型の減面率を小さくすることができる。その結果キヤプスタンによる線引引張り力を大きくしなくとも充分引抜くことができ、断線のない円滑な伸線加工が行えると共に、多数のローラ孔型で僅かずつ段階的に線材径方向に圧力を付加減面して行くので最終的にフラツクス入りワイヤの外皮合せ目の間隙を極めて小さくできる。例えば従来の引抜き加工で製作したフラツクス入りワイヤの合せ目間隙は最小45μ程度であつたが、本発明法によれば確実に30μ以下に抑えることができる。」(甲第2号証の1第5欄30行~6欄3行)との記載に照らせば、本件発明における「ワイヤの合せ目間隙30μm以下となるまで伸線加工する」という構成は、フラックスを充填した成形ワイヤ素線を、直列に配置した2以上のカセットローラダイスのユニットを連続的に通過させて、線径を段階的に細径とする場合に、線材径方向に圧力が付加され減面して行くことにより到達できた結果を示したものにすぎず、それ以外に特別の技術を要するものではないことが認められる。この点に関する被告の主張も、上記認定の範囲を出るものではない。

そうであれば、上述のとおり、フラックスを充填した成形ワイヤ素線を、直列に配置した2以上のカセットローラダイスのユニットを連続的に通過させてワイヤ径2mm~0.8mmにまで伸線加工することが、当業者において容易に想到しうるものと認められる以上、ワイヤの合せ目間隙30μm以下になるまで伸線加工することも、その容易推考の範囲に含まれることになるものというべきである。

(5)  以上によれば、本件発明は、その出願当時当業者が普通に用いていた内部に20~40%重量比のフラックスを充填した成形ワイヤ素線を材料とし、その出願前に公知であったフラックス充填の成形ワイヤ素線を直列に配置した複数個のローラダイスを連続的に通過させて伸線加工することにより細径のフラックス入りワイヤを製造する技術に、公知のカセットローラダイスを用いる伸線加工の技術並びに周知の伸線素材の強度に応じて伸線工程を段階的に行う技術を適用することによって、当業者において容易に想到できたものというほかはない。本件明細書に記載されている本件発明の効果(甲第2号証の1第6欄4~20行)は、上記の各技術を組み合せることによって得られるものと予想される範囲を超えるものではないことは明らかであり、本件全証拠によっても、この範囲を越える格別の作用効果を本件発明が奏するものと認めることはできない。

以上の説示に照らせば、審決が、本件発明は、引用例1~5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないとしたことは、各引用例記載の技術内容及びこの技術分野における周知技術を十分に検討することなく、安易にその容易推考性の判断をしたものというほかはなく、誤りといわなければならない。

2  よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成6年審判第1839号

審決

千葉県茂原市下永吉497

請求人 吉田桂一郎

東京都新宿区信濃町29番地 徳明ビル 鈴木正次特許事務所

代理人弁理士 鈴木正次

東京都中央区築地3丁目5番4号

被請求人 日鐵溶接工業 株式会社

東京都台東区浅草橋3丁目1番1号 ハリファックス浅草橋ビル3階三友合同特許事務所

代理人弁理士 矢葺知之

東京都台東区浅草橋3丁目1番1号 ハリファックス浅草橋ビル3階三友合同特許事務所

代理人弁理士 津波古繁夫

上記当事者間の特許第1800299号発明「フラックス入りワイヤの製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ.本件特許発明

本件特許第1800299号発明(以下、本件特許発明という。)は、昭和56年11月17日に出願され、平成5年11月12日に設定登録がなされたもので、本件特許発明の要旨は、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載の次のとおりのものと認める。

「鋼帯を成形し、内部に20~40%重量比のフラックスを充填した成形ワイヤ素線を材料にし、さらにこれを細径に伸線加工するフラックス入りワイヤの製造方法において、前記ワイヤ素線を、一対の小径溝付ローラからなるローラダイスを複数個伸線方向に交互にワイヤ圧下方向が90°ずつ変わる如く近接し組合せて一個のユニットに構成したカセットローラダイスを用いて伸線すると共に、該カセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置して線材を連続的に通過させ、ワイヤ径2.0~0.8mmの所望径にかつワイヤの合せ目間隙30μm以下になるまで伸線加工することを特徴とするフラックス入りワイヤの製造方法。」

Ⅱ.当事老の主張

1、請求人は、本件特許は、次の理由(1)~(2)により、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものであると主張している。

理由(1)

本件特許は、同法第29条第2項の規定に違反して特許を受けたものであると主張し、

甲第2号証(特開昭54-86446号公報)

甲第3号証(特開昭54-38243号公報)

甲第4号証(特開昭55-122623号公報)

甲第5号証-1(実開昭55-129506号公報)

甲第5号証-2(実公昭58-18968号公報)

甲第6号証(特開昭55-158897号公報)

を提出している。

理由(2)

本件特許は、同法第29条第1項第2号の規定に違反して特許を受けたものであると主張し、

甲第7号証(「カセットローラーダイス」の納入証明書)

甲第8号証(「カセットローラーダイス」の販売証明書)

を提出している。

2.これに対して、被請求人は、請求人の主張する理由(1)~(2)はいずれも理由がない旨主張している。

Ⅲ.当審の判断

1.理由(1)について

請求人が提出した甲第2~甲第6号証には以下の事項が記載されている。

甲第2号証

「半円状に曲げられた帯状ワイヤに充填剤を供給した後、該ワイヤを幅方向に丸めて充填剤内包の丸ワイヤ状の心線とし、この心線を引取ローラで引取りつつダイスで伸線する伸線工程を複数行うことにより、充填剤内包の被覆アーク溶接棒を製造する方法」

甲第3号証

「溶接代を形成したステンレス鋼管の溶接代の根部を溶接し、該鋼管の長手方向に沿って突出した溶接代を、案内支えロールで支えて押圧ロールにより倒伏せしめ、次いでバックテンションロール、ダイス及び引抜きロールとよりなる引抜き圧縮減径工程により連続的に圧縮減径するフラックスコアード溶接棒の製造方法」

甲第4号証

「一対の小径溝付きローラからなるローラーダイスを、複数個伸線方向に交互にワイヤ圧下方向が90°ずつ変る如く近接し組み合わせて、一個のユニットに構成したカセットローラダイスを用いて、線径を2~0.81mmに伸線する方法」

甲第5号証-1

「孔型ローラを架設した軸受フレーム2個を、一対の組立フレームへ離接調節可能にセットしてなるカセットローラーダイス」

甲第5号証-2

「一組の孔型ローラを軸受フレームに架設し、これを一対の組立フレームに離接自在にセットすると共に組立フレームの任意数を共通のボルトによって締付けることにより、任意数のカセットローラーダイスを一ブロックとして並列セットし得るようにした単位のカセットローラーダイスであって、隣接するローラーダイスが互に直角に配置されたカセットローラーダイス」

甲第6号証

「帯鋼をU字状にローラーダイスで加工し、フラックスを供給し、ローラダイスで粗充填管状体に加工し、更に連続して複数組のローラダイスによる伸線工程及び又は複数の引抜ダイスによる伸線工程により、最終仕上り径が1.2~1.6mmで、最終ワイヤ径におけるフラックス充填率が14.9~15.5%のフラックス入り溶接用ワイヤを製造する方法」

そこで、本件特許発明と甲第2~6号証に記載のものとを対比すると、甲第2号証に記載のものは、内部にフラックスを充填した成形ワイヤ素線を、複数のダイスに連続的に通過させて伸線加工をすることによりフラックス入りワイヤを製造する点で、甲第3号証に記載のものは、ダイスを連続的に通過させてワイヤを伸線加工することによりフラックス入りワイヤを製造する点で、甲第4号証に記載のものは、一対の小径溝付きローラからなるローラーダイスを複数個伸線方向に交互にワイヤ圧下方向が90°ずつ変わる如く近接し組合せて一個のユニットに構成したカセットローラーダイス即ち本件特許発明でいうカセットローラダイスを用いて、本件特許発明におけるワイヤ径の数値範囲である2.0~0.8mmの径に伸線加工する点で、甲第5号証-1及び2に記載のものは、カセットローラダイスの点で、そして、甲第6号証に記載のものは、鋼帯を成形し、内部にフラックスを充填した成形ワイヤ素線を複数組のローラダイスにより連続的に伸線加工して、本件特許発明におけるワイヤ径の範囲内のフラックス入りワイヤを製造する点で、それぞれ本件特許発明と一致している。

しかしながら、甲第2~甲第6号証のいずれにも本件特許発明の構成要件であるカセットローラダイスのユニットを2以上直列に配置して、20~40%重量比のフラックスを充填した成形ワイヤ素線を材料とし、その合せ目間隙30μm以下になるまで伸線加工する点については、記載がなく、示唆するところもない。

そして、本件発明は前記の構成要件を具備したことにより、従来断線の問題で製造できなかった充填率の高い細径ワイヤの製造が可能となり、軟鋼外皮材を使用して、充填フラックスより合金材を多量に添加することが出来、軟鋼を外皮材とする肉盛りワイヤ、フェライト鋼を外皮材とするステンレスワイヤが、能率よく製造できるようになり、また、薄い外皮材を用いて充填フラックスに多量の鉄分を封入し、溶接時母材に与える入熱を少なくしかつワイヤの溶着速度を上げる鉄分系高能率ワイヤの製造も可能となるという明細書記載の顕著な効果を奏するものと認められる。

したがって、本件発明は、甲第2~甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

2.理由(2)について

請求人が提出した甲第7号証及び甲第8号証は、本件特許出願前にカセットローラダイスをフラックス入り溶接棒ワイヤの伸線用として、製造販売したという証明書であるが、これらが事実であるとしても、その実施にあたりカセットローラダイスの配置、フラックス充填率、ワイヤ径及びワイヤの合せ目間隙等の本件特許発明で特定される製造条件が明らかでなく、しかもこれらの条件が自明のものとはいえないので、同各号証をみても、本件発明がその出願前に国内において公然実施をされた発明ということはできない。Ⅳ.以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年1月11日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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